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世界で最初のX線天文衛星Uhuru(ウフル)などアメリカのX線天文衛星や、数多くの日本のX線天文衛星により、中性子星やブラックホールといった、それまで理論上の存在だったものが実在することを観測によって証明した。
また、X線天文学が発達することによって、宇宙は爆発や衝突などのダイナミックな現象に富んだ世界であることも明らかとなった。
γ線バーストの多くが銀河系外の天体であると証明できたのも、これらX線天文衛星の観測の功績である。
X線天文学は、X線天体を発見したリカルド・ジャッコーニ(Riccardo Giacconi)によって切り開かれたが、それに続いたのは日本だった。
日本では小田稔がX線天文学の父で、世界をリードした。ゆえにアメリカでも「日本語を勉強しないとX線天文学の研究はできない」などと言われていたというエピソードもある。
こうしてX線天文学は日米の競争や協力でめざましい進歩を遂げる。しかし小田稔は2001(平成13)年3月1日15:24(@308)に心不全でこの世を去った。満78歳没だった。
その翌年2002(平成14)年、X線天文学に携わったリカルド・ジャッコーニにノーベル物理学賞が授与された。この受賞は、そのまま小田稔の業績がノーベル賞に値することを証明するものでもある。2002(平成14)年末になお小田稔が存命であれば、ジャッコーニと共にノーベル物理学賞を受賞していた事はほぼ確実だっただけに、惜しまれるところである。
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