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現在使われている太陽暦。ローマ法王グレゴリウス13世が採用した所から名付けられた。
グレゴリウス13世は、ユリウス暦1582年10月4日(木曜日)の翌日をグレゴリオ暦1582年10月15日(金曜日)とする、としてこの暦を定めた。
カトリック圏ではこの通り改暦したため、カトリック圏の西洋暦では1582年の10月6日〜10月14日は存在しない。ちなみに改暦しても曜日が連続しているのが注目点である。
なお、プロテスタント圏とイギリス国教圏およびイギリス植民地では導入がやや遅れ、ユリウス暦1752年9月2日(水曜日)の翌日をグレゴリオ暦1752年9月14日(木曜日)とした。
その他の国も順々と改暦が行なわれているが、改暦年が国ごとに違っているのは面倒な点である。
例えばロシアは1918年までユリウス暦を使っていて、ユリウス暦1918年1月31日の翌日をグレゴリオ暦2月14日とした。
しかし外交上や経済的な理由などもあり、明治政府が西洋暦を採用することに決めた。そこで、「明治5年12月3日を明治6年1月1日とする」として、ここで初めて太陽暦が正式に日本で導入された(ちなみに明治5年は1872年、明治6年は1873年)。月が変わるのみならず年まで変わっているが、これは旧暦の年の瀬は新暦では年が明けていたためである。
歴史書などの元号には便宜上西暦が添えられていることが多い(例えば三方が原の戦いの日=元亀3年(1572年)12月22日)が、実際にそのような年の暮れであった場合は、本当の西暦年とは一年の差が生じていることになる(先の例なら新暦では1573年1月25日になる)。要するにこのような表現は誤解を招きやすい。繁を厭わずに元亀3年12月23日(1573年1月25日)と全部書くべきである。
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