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釈迦が誕生した時に言ったとされる言葉(誕生偈)の一節。
伝承によると、釈迦つまりゴーダマ・シッダルタ皇太子は花の咲く卯月八日、ルンビニー園という花園で摩耶夫人の右脇からお生まれになり、生まれてすぐに七歩歩いた後、右手を上げて天を指し、左手を下げて地を指して「天上天下 唯我独尊 三界皆苦 我当安之」(天上天下唯我独尊 三界は皆苦なり 我当に之を安ずべし)と述べと言われている。これが誕生偈とされている。
天上天下とは自分の上と下、つまり全宇宙を指す。そして唯我独尊とは、この全宇宙において、人間一人一人はみな自分自身が最もかけがえのない尊いものだ、という意味である。
三界皆苦我当安之は、三界(欲界・色界・無色界)つまりこの世では皆が苦しんでおり、私はそれを案じている、という意味である。
もってこの叫びは釈迦の誕生の喜びの声であったとし、それを聞いた天に住む龍が、感激して甘露の雨を降らせたとされる。これが灌仏会(花祭り)の由来とされる。
先に述べたように釈迦の言葉として伝えられているが、この言葉はもともとは釈迦が言った言葉ではない。
時代によって解釈は変化するが、いずれにせよこれは釈迦の尊さを語るために使われている。概ね、この世で解脱するから尊いという解釈と、利他のため誕生したことが尊いとする解釈に分かれるようである。
経典の一つ長阿含經/卷一(長阿含経 一巻)によると、有名なこの一節は釈迦生誕までに登場した七人の仏陀、いわゆる過去七仏の第一仏である毗婆屍(毘婆尸)生誕時のことだったと記されている。
しかし時を経て、これは釈迦自身が語ったことだと信じられるようになり、今に至っているわけである。
小説西遊記に登場する僧侶として有名な玄奘が記し646(慶化2)年に成立したとする見聞録「大唐西域記」にも記述が見られる。
大唐西域記 卷第六 四國によると、劫比羅伐窣堵國(カピラヴァストゥ=カピラ城)という小国での臘伐尼林及釋迦誕生傳說(ルンビニー林と釈迦誕生伝説)には、次のように記載がある。
天上天下,唯吾獨尊。今茲而往,生分已盡。
この世界で我のみが尊く、今ここに生まれたが、もはや生きることはない、といった意味になる。釈迦は今回の人生において解脱するために「唯我独尊」なのだと解釈できる。
修行本起経にも「天上天下惟我爲尊三界皆苦我當安之」という記述が見える。
これを訳せば、三界の衆生はみな苦しんでおり我はこれを案じて誕生したので尊いのだ、と解釈できる。
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