砒素
読み:ひそ
外語:As: Arsenicum

 銀灰色の半金属元素。有毒な化合物が多く、昔から毒殺に使われていた。
 「砒」の字が常用漢字から漏れたため、現在は「ヒ素」とも書く。化合物の日本語名は日本化学会の化合物命名法委員会によるものが正式だが、そこでは前述の理由により「ヒ素」となっている。
目次

情報

基本情報

一般情報

原子情報

物理特性

同位体
 質量数は、60から92までが確認されており、その中に核異性体も存在する。安定同位体は一つのみ。
同位体核種天然存在比半減期崩壊崩壊後生成物
60As 陽子放出59Ge
61As 陽子放出60Ge
62As 陽子放出61Ge
63As 陽子放出62Ge
64As β+崩壊64Ge
65As β+崩壊65Ge
66As β+崩壊66Ge
67As β+崩壊67Ge
68As β+崩壊68Ge
69As β+崩壊69Ge
70As β+崩壊69Ge
71As2.72日EC崩壊71Ge
β+崩壊71Ge
72As1.08日β+崩壊72Ge
EC崩壊72Ge
73As80.3日EC崩壊73Ge
74As17.77日EC崩壊74Ge
β崩壊74Se
β+崩壊74Ge
75As100.00%安定核種(中性子数42)
76As1.0778日β崩壊76Se
EC崩壊76Ge
77As1.62日β崩壊77mSe
78As1.51時β崩壊78Se
79As β崩壊79mSe
80As β崩壊80Se
81As β崩壊81Se
82As β崩壊82Se
83As β崩壊83Se
84As β崩壊84Se
85As β崩壊85Se
86As β崩壊86Se
87As β崩壊87Se
88As β崩壊88Se
89As β崩壊89Se
90As β崩壊90Se
91As β崩壊91Se
92As β崩壊92Se
 安定核種に対し、質量数が大きすぎるまたは小さすぎる場合は複雑な崩壊となり、質量数が小さいと陽子放射、大きいと中性子放射が同時に起こることがある。

性質
 精銅、合金の添加剤、顔料、半導体材料などに使われる。
 ガリウムとの化合物であるガリウム砒素(GaAs)は優秀な化合物半導体として知られている。

特徴

毒性
 砒素は他の多くの金属と違い、無機化合物の方が有機化合物よりも毒性が高い。
 イオン種としてAs3+とAs5+の2種類があり、As3+の方がより毒性が高い。
 急性毒性としては胃の激痛、嘔吐、コレラ様下痢などの消化管障害、腎障害による無尿症など。慢性中毒では皮膚、爪、毛、肝臓の障害、貧血などがある。
 化合物の多くは強い毒性を持つ。ネズミ駆除などにも使われるが、人体にも極めて危険であり、肺がん皮膚がんの原因となる。

食品への混入
 海水中に微量に含まれていて、ある種の海藻はそれをより毒性の低い有機物の形で蓄積する。
 しかし、例えばヒジキは砒素を無機体で高濃度(乾重量1gあたり40〜50μg程度)含んでいるにも関わらず、ヒジキを食べたことによる砒素中毒が発生した例はない。また、砒素は髪や爪に蓄積されるが、ヒジキを良く食べる人の髪から砒素が特に高濃度に検出されることもないため、ヒジキ中の砒素が吸収されない、何らかのメカニズムがあるのだろう。
 他にも、海水中に砒素が含まれることから、エビやタコなどの海産物にも多く含まれている。
 かくして、砒素を多く含むという理由で、イギリスやカナダではヒジキの輸入禁止措置がとられているほか、日本では主食にもなっている「米」すらも砒素を含み摂り過ぎでガンになるなどとしてEU(欧州連合)は規制の動きを強め、米を子供に与えてはいけない、大人でも毎日食べてはいけない、などとしている。
 とはいえ、内閣府食品安全委員会は「日本で食品から摂取した無機砒素による明確な健康影響は認められていない」としているほか、そもそも日本は世界一の長寿国であり、それを支えてきたのが米や海産物を中心とした食文化であるという事実が存在する。

健康リスク
 では実際の無機砒素による健康リスクはいかほどか。
 例えば、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部第三室長、畝山智香著「『安全な食べもの』ってなんだろう?」によれば、1日3食毎日米を食べた場合のがんリスクは、放射能と比較すると「20ミリシーベルトの被曝と同程度」としている。
 日本の食品は年間1ミリシーベルト以下が目標となっていることと比較すると確かに高リスクではあるが、放射線の場合は年間100ミリシーベルト程度よりも低線量であれば発がんリスクに有意な上昇が認められていないことから、安全な範囲内であるとも言える。
 疫学的見地からは、米が危険ということはない。

砒素中毒例
 日本での砒素化合物中毒事件として有名なものに、次のような事件がある。
 日本では殆ど見られないが、世界的には水道水の砒素による汚染はよく見られる。JEFCAによるPTWI(一週間に摂取して問題ないと考えられる予備的な値)は15μg/kgである。

安全性

適用法令

危険性

有害性

環境影響

発見
 大昔より存在が知られており、発見者は明らかでない。
 化学名Arsenicumの語源は諸説ある。ラテン語で砒素を意味するarsenicum、ギリシャ語で雄黄(黄色顔料)を意味するαρσενικο'ν(arseniko'n)、アラビア語で良い色を意味する<ZAIN><REH><NOON><YEH><KHAH>(zarni^kh)などから名付けられたと言われている。

砒素生物

燐と砒素
 砒素は毒物だが、同族の(P)と物理化学的な構造が近いという特徴もある。
 燐は生物において、情報の維持(DNA/RNA)、伝達(燐酸化によるシグナル伝達など)、エネルギーの貯蔵(ATPなど)といった、様々な用途に使用されており重要の要素の一つである。かくして、従来は「生命体はCHON(炭素水素酸素窒素)、燐、硫黄からしか構成できない」ともされてきた。
 炭素を同族の珪素に置き換えた「珪素生物」はSFによく描かれているが、珪素の不安定性から、地球上に実在する可能性は低いと考えられているようである。
 一方、燐を砒素に置き換える構想や研究は、殆どされていなかった。しかし太古の地球上には局所的に砒素が多く存在する場所があったと考えられており、生物が誕生した初期段階には、燐の代わりに砒素をRNA/DNA部品に用いて複製していた可能性もある。現在でも砒素を多く含む環境はあり、そのような環境では砒素を含む微生物が存在する可能性があった。

NASAの発表
 実際、カリフォルニア州のMono湖で燐の代わりに砒素を使う細菌が発見されており、2010(平成22)年12月、NASAがこれを会見により大々的に発表した。NASAによれば、砒素を使うこの生物は、次のような特徴があるとする。
  1. 砒素濃度の高いMono Lakeから採取された細菌[GFJA-1]を、燐を含まず砒素を含む培地で培養したところ、増殖した
  2. 砒素培地で増殖した細菌は、DNAや蛋白質に砒素を取り込んでいた
  3. DNAに取り込まれた砒素は、元々の燐と置き換わっていた
 この発表に先立つ2008(平成20)年には、同じ湖から「砒素で光合成するバクテリア」も発見されていた。砒素を用いて二酸化炭素から酸素を分離したこれら生物が、酸素が豊富な地球の環境構築に貢献し、のちの多様な生物を繁栄させるきっかけを作ったと考えられている。
 NASAは、この会見を「宇宙生物学上の発見」と予告して開催したため「ついに宇宙人発見か」と期待した人々を落胆させたりもしたが、この発見を宇宙に当てはめるとするならば、極限的な環境と見られる惑星(ないし衛星)でも、想像を超えるような生命体が存在しうることを示している。
 ただ、これでもなお、生物発生の起源、つまり地球上で無生物から生物が誕生したからくりについてはなお未解明である。

主な化合物

前後の元素
 
 32 ゲルマニウム ‐ 33 砒素 ‐ 34 セレン

再検索