鷲宮神社
読み:わしのみやじんじゃ
外語:Washinomiya Jinja
埼玉県久喜市鷲宮(旧・北葛飾郡鷲宮町鷲宮)にある社殿。
目次
神社の情報
特徴
祭神
沿革
創建
歴代天皇・皇族
鎌倉幕府以降
明治以降
平成の御代
神社の情報
所在地
: 埼玉県久喜市鷲宮1丁目6-1 (旧・北葛飾郡鷲宮町鷲宮1丁目)
主祭神:
天穂日命
、武夷鳥命、大己貴命
御神体
: (不明)
社格等: 旧・県社(現・別表神社)、元・准勅祭社
創建: 神代の昔、天穂日宮と御子武夷鳥宮が、神崎神社(大己貴命)を創建した
例祭: 3月28日
特徴
祭神
神社の祭神は3柱、合祀祭神は9柱である。祭神の名前と、その主な御神徳は次の通り。
祭神
天穂日命
(アメノホヒノミコト) (商売繁盛、出世金運、厄難消除)
武夷鳥命(タケヒナトリノミコト) (交通安全)
大己貴命(オホナムヂノミコト) (家内安全、縁結び、病気平癒)
合祀祭神
建御名方神
(タケミナカタノカミ) (商売振興)
伊邪那美神
(イザナミノカミ) (子孫繁栄、縁結び)
大山祇神
(オホヤマヅミノカミ) (農業振興)
宇迦之御魂神(ウガノミタマノカミ) (五穀豊穣)
大山咋神(オホヤマグヒノカミ) (厄除け、魔除け)
天照皇大神
(アマテラスオホミカミ) (農業振興)
迦具土神
(オホヤマグヒノカミ) (火難除、交通安全)
素鳴戔尊
(スサノオノミコト) (無病息災、方位方災除)
菅原道真
(スガワラノミチザネ) (学業成就、受験合格)
沿革
創建
この神社は、創建が「古事記」時代よりも古い、関東最古の大社である。
神代の昔、天穂日宮とその御子武夷鳥宮は、昌彦と昌武の父子、および他の二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を創建した。次に天穂日宮の御霊徳を崇めるため、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿である。
歴代天皇・皇族
第十代の
崇神天皇
の御代、太田田根子命が司祭を勤め、豊城入彦命、彦狭島命、御諸別王が、それぞれ幣帛(へいはく)を奉納した。
第十二代の
景行天皇
の御代、
日本武尊
が社殿を造営、このとき相殿に武夷鳥宮を奉祀した。
第五十代の桓武天皇の御代、平安初期の武人で上級貴族だった征夷大将軍・坂上田村麻呂が、武運長久を祈り、奥州鷲の巣に分社を奉祀した。
鎌倉幕府以降
鷲宮の門前町として、神社周辺の町は発達した。
関東の総社ないし関東鎮護の神として、幕府や関東の有力武将らに厚く尊崇された。鎌倉時代に編纂された「吾妻鏡」にもこの神社は登場する。
崇敬者に、藤原秀郷、源義家、源頼朝、源義経、北条時頼、北条貞時、新田義貞、小山義政、足利氏歴代、古河公方、関東管領上杉氏歴代、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などがおり、彼らは武運長久等を祈り幣帛の奉納、神領の寄進、社殿造営などを次々と行なった。
室町時代には、足利氏歴代、古河公方などの保護を受けるようになり、1591(天正19)年には徳川家康から四百石の朱印地(神領)が与えられている。この他にも、代々の将軍の名の朱印状が残されている。
明治以降
第百二十二代の
明治天皇
の御代、准勅祭社となり、勅使により幣帛の奉納がなされた。
更に明治天皇の
御親拝
を賜り、また
昭和天皇
の御代にも幣帛を賜った。
平成の御代
由緒ある神社だが、この神社が美水かがみ作のまんが、そしてこの作品を原作とするアニメ「らき☆すた」において、登場人物の柊かがみ、つかさ姉妹の住まいと設定された。
かくして、この神聖なる地にいわゆる
アニオタ
が多数訪れるようになる。
同様の現象はかつて、東京都港区麻布十番の氷川神社でも起きている。これはアニメ「
セーラームーン
」で、この神社が「セーラーマーズ」こと火野レイが巫女を務める「火川神社」という設定がなされたため、もってアニオタが集まったわけである。
氷川神社の場合、
東京タワー
にも近い都心だったこともあり大きな問題にはならなかったが、鷲宮神社周辺はそうではない。これまでと町の客層が一変し、見慣れぬ服装の人たちが大量に、しかも急激に増えたことで、地元住民には戸惑いや、恐々とした雰囲気が広がっているらしい。
神社側は、特に大きな混乱もないため静観の構え、としている。現在、神社の絵馬には、萌え系のイラストが描かれたものや、「こなたはオレの嫁」など、願い事なのか宣言なのか良く分からないものが増えているようである。但し実際にはその数は多くなく、受験云々が半分、ラブラブ云々が半分で、残るいくつかがオタ系といった様相であるようだ。
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