冥王星
読み:めいおうせい
外語:Pluto

 太陽系準惑星である太陽系外縁天体(エッジワース・カイパーベルト天体)。かつては第9惑星とされていた。
目次

情報

基本情報

衛星
 確認されている衛星は3個で、更に2個以上があると見られている。冥王星のように、準惑星に降格となるような小型天体に複数の衛星がある理由は不明だが、数十億年前に冥王星が他の天体とぶつかった時の名残りというのが有力な説である。
 第2・第3衛星は、米ジョンズホプキンズ大応用物理研究所などのチームにより2005(平成17)年5月に発見され、2006(平成18)年2月23日付の英科学誌ネイチャーで発表された。
番号衛星名距離半径質量発見者
(Mm)(km)(kg)
1 カロン (Caron)19642 クリスティー1978
5S/2012 P1ステュクス (Styx)4210〜24  2012
2S/2005 P2ニックス (Nix)49  ジョンズホプキンズ大2005
4S/2011 P1ケルベロス (Kerberos)59   2011
3S/2005 P1ヒドラ (Hydra)65  ジョンズホプキンズ大2005
 このうち、カロンは準惑星の候補天体でもある。
 ちなみにニックスまたはニクス(Nix)は、夜の女神ニュクス(Nyx)のことである。しかしNyxは既に小惑星の名前として使われていたため、やむを得ずNixになった。

特徴

降格
 かつての9惑星の中では、太陽より最も遠い。
 但し正規の惑星ではなくエッジワース・カイパーベルト天体のため軌道の離心率が大きいため、1979(昭和54)年〜1999(平成11)年までは第8惑星である海王星より太陽からの距離は近かった。
 太陽系の9惑星中最小の惑星であり、地球よりも小さいなどの理由から、2006(平成18)年8月24日、惑星から除外され準惑星という新たな枠組みの中に組み込まれた。

小惑星番号
 1999(平成11)年に「冥王星は惑星か否か」という議論が巻き起こり、既に惑星ではないという意見が圧倒であった。この時に「小惑星番号10000番にしてはどうか」という意見があったが、この時は附番が見送られた。
 それから7年、遂に冥王星が準惑星に降格となり、付与された番号は非常に中途半端なものとなってしまったのである。

表面
 NASAの冥王星探査機ニュー・ホライズンズにより、冥王星表面が初めて観測された。
 月などのように、大気がなかったり薄かったりする場合、隕石がそのまま地表に激突するために表面にクレーターができるもので、冥王星もそうだと思われていた。しかしニュー・ホライズンズの観測では、クレーターが非常に少ないことが確認された。
 これは、比較的近年か、あるいは今現在もなお、地下より物質が噴出していて表面を覆うなどし、出来たクレーターがかき消されている可能性が考えられている。そのためには地下に熱源が必要であるが、その正体については現時点では解明されていない。

構成成分
 構成成分は現時点では不明。
 約8割の岩石を主成分に、残りはなどだと考えられる。
 大気は、ニュー・ホライズンズの観測により高度約80kmと約50kmに2つの層があることが確認されている。成分は、地表から1600km付近までの間は窒素が主体となる大気が広がっており、更に太陽と反対方向側には10荳kmほどの窒素イオンのプラズマの帯が伸びている。太陽風(プラズマ)によって、冥王星大気中の窒素が吹き流され形成されていると予測されている。またこの大気も、近日点付近以外では凍っていると考えられる。

軌道
 冥王星の軌道は黄道面に対して17°傾斜しており、離心率(楕円の程度)は全惑星中最大である。また、公転と逆方向に自転する逆行惑星である。
 現在、大きな離心率、軌道が海王星の外側にある、などの条件から、天文学的見地からみて冥王星はエッジワース・カイパーベルト天体の一つであり、惑星では無いと考えられている。歴史的意味のみにおいて、惑星という扱いをされている。

探査
 冥王星を訪れた探査機は、2015(平成27)年7月14日に冥王星をフライバイ(接近通過)したNASAの探査機ニュー・ホライズンズが最初で、現時点では唯一である。

発見

発見者
 1930(昭和5)年2月18日に、アメリカ・アリゾナ州ローウェル天文台の天文学者クライド・ウィリアム・トンボー(Clyde William Tombaugh)により発見された。

名前
 英名Pluto(プルート)はギリシャ神話の冥界の神プルートーンに由来し、ハデス(Hades)の別名であるとされる。これはローマ神話のディス(Dis)に相当する。
 ちなみに「冥王星」という名はこの星にPlutoと命名されてすぐ、日本の作家であり天文研究家だった野尻抱影が提案したもので、「科学画報」の1930(昭和5)年10月号に掲載されたのが初出である。
 このため、天王星と海王星は支那語起源なのに対し、冥王星は日本語である。
 天王、海王ときて、次に冥王と来るのは自然な成り行きでもあり、京都天文台はこの名をすぐに採用、また支那でも1933(昭和8)年より、日本から輸入する形で冥王星を採用した。
 しかし「理科年表」や「天文月報」はこの名を長く認めず、理科年表に初めて冥王星の名が掲載されたのは1947(昭和22)年版からであったらしい。

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