人工多能性幹細胞
読み:じんこう-たのうせい-かんさいぼう
外語:iPS cells:induced pluripotent stem cells

 既に分化が終わった生体細胞に人工的に遺伝子を導入することで、幹細胞と同等の能力を確保した細胞のこと。通称は「iPS細胞」。
目次

概要
 皮膚細胞など、ヒトの生体細胞に遺伝子を数個導入すると、その細胞の形態が変化し(細胞の分化が初期化される)、胚性幹細胞(ES細胞)と同様に分化能力を確保することができる。これをiPS細胞という。
 この技術を応用すると皮膚細胞から生殖細胞を作ることも可能で、機能的にはES細胞と同等である。このために「万能細胞」とも呼ばれている。
 現在、この分野で世界を先導するのは日本国であり、ヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作ることに成功したのは、京都大学の山中伸弥教授らのグループである。

目的
 以前は、人工的に幹細胞を得るには、受精卵から胚性幹細胞(ES細胞)を作るしかなかった。ただこれは、一度分化を終え機能を持った細胞からは自身と同じ遺伝子を持った幹細胞を作れないことを意味していた。
 一度受精卵からやり直すとして、患者が精子または卵子を提供し、他人から卵子または精子をもらって受精卵を作ったとする。しかしここからES細胞を得たとしても、このES細胞の半分は他人の染色体であるため、患者に移植しても免疫的に拒絶される。
 これを回避するため、マウスなどで「単為生殖」させた卵子からES細胞を得るための研究が進められたりしているが、ヒトへの応用は難しいと考えられた。iPS細胞は、遺伝子的にも患者と同じものを作ることが可能であり、今後が期待されている。

特徴

機構
 どのような機構で細胞の分化が初期化されるのかは、なお定かではない。
 山中伸弥教授が成功した最初の例では、四つの遺伝子(Oct3/4Sox2Klf4c-Myc)の導入でこれを成功させた。発見者から、この4因子を山中因子(Yamanaka factors)と呼ぶ人もいる。
 このうち、c-Mycは、無いと効率が下がるが必須ではなく、また細胞をがん化させる可能性があることも分かってきた。c-Mycなしでの初期化が研究され、これをGlis1に置き換えることで、より安全かつ高効率での初期化を成功させた。
 これらはすべて転写因子であり、他の遺伝子の発現を制御する遺伝子である。これら4種類を導入することで、この遺伝子の制御下にある多数の遺伝子が発現し、結果としてiPS細胞が作られるということである。

遺伝子の導入
 「遺伝子を導入する」とは、その遺伝子を細胞核内に入れることである。
 しかし、それは簡単なことではない。生物の遺伝子は、他の遺伝子に侵されないよう防御機構が備わっているからである。
 従って従来は、必要な遺伝子を組み込んだレトロウイルスを皮膚細胞に感染させて遺伝子を導入してiPS細胞を作る、という方法がとられていた。しかしこのウイルスは皮膚細胞の染色体を傷付けるため発がんの恐れがあり、臨床応用での実用化という点で問題があった。また感染の恐れがあり、研究者にも危険が伴った。
 山中伸弥教授ら研究グループはこの問題について、細胞内で数日で分解される環状DNA「プラスミド」に遺伝子を組み込み、それぞれを細胞膜と一体化する脂質の膜で包んでマウス胎児の皮膚細胞に導入、iPS細胞を作ることに成功した。

更なる応用
 この技術を応用すれば、わざわざiPS細胞を経ずとも、皮膚細胞から造血幹細胞を直接作成することも可能になる。
 実際に、カナダ・マクマスター大の研究チームがiPS細胞を使わずに造血幹細胞の作成に成功し、白血球や赤血球が作られることが確認された。成功した手法としては、皮膚の線維芽細胞にレンチウイルスを用いて「OCT4」という遺伝子を挿入してからサイトカインを加えた、としている。

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